沼津海岸線ウォーキング  江の浦(その4)

山口 源(版画家)

 江浦横穴群の見学を終え、旧道を多比地区の方へ進む。新道と違って車が殆ど走っていないので安全だ。
 新道と交差する向こう側に何やら石碑が建っている。
画像
                     (道路際の石碑は何かな?)

 近づいて見ると、版画家・山口源の元アトリエの跡地と、あった。
画像画像
   (山口 源の碑、山口 源 元アトリエ跡)               (朝のバラ)

 山口源と関係が深いモンミュゼ沼津に今日行って来た。その際撮影した画像を含め、山口源略歴の碑に記された内容と合わせて以下に記述する。

画像(山口源略歴の碑)

            山口 源

 日本人として初の国際版画グランプリ受賞し、生涯、清貧の道を歩んだ孤高の版画家

 明治29年10月23日、静岡県富士郡田子の浦柳島に生まれる。

 大正12年、恩地孝四郎の門下生となり版画を始める。


画像(作品 石垣苺)

 昭和17年4月、第17回国画展に「石垣苺」を出品し褒状を受ける。





 

(作品は、モンミュゼ沼津で購入したpost cardを撮影)


画像(アトリエ跡)

 昭和19年、瀬川澄江と結婚、沼津市江の浦に生涯住む。

 同年、日本近代版画の先駆けとなった「一木集」刊行の世話人となる。


画像(作品 能役者)

 昭和33年4月、第5回ルガノ国際版画展で「能役者」が日本人初のグランプリを受賞。

 このほか、国、内外の版画展で多くの賞を受ける。

 昭和41年、静岡県版画協会会長など美術、文化団体の役職を歴任した。

 昭和51年7月15日、永眠、享年79才。

 (作品は、モンミュゼ沼津で購入したpost cardを撮影)


画像(モンミュゼ沼津 沼津市庄司美術館)

 遺作、遺品はすべて沼津市に寄贈されこれが縁で沼津市芸術文化振興基金、山口源賞が設置された。

 

 (遺作、遺品はモンミュゼ沼津に保管及び一部は展示されている。)



 山口源賞には、隔年選考する大賞と毎年選考する新人賞があり、今年は大賞は選考されない年で、新人賞のみが選考された。現在、モンミュゼ沼津には、今年の新人賞受賞作品(第26回)が過去の大賞受賞作品(第1回~13回)、新人賞j受賞作品(第1回~第25回)と合わせて展示されている。 
 今日のウォーキングはモンミュゼ沼津への往復で、歩数は9、602歩。今週の累計歩数は45,503歩/6日。

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