沼津海岸線ウォーキング  江の浦(その5)

旧トンネル(その1)

 国道414号線は江浦地区と次の多比地区では何ヶ所かで旧道を横切っている。別の言い方をすると、クネクネとした旧道を新道は真っすぐに突っ切って進む。この為、旧道にあったトンネルが所々にひっそりと残っている。今日は江の浦地区の二つの旧トンネルを綴る。最初は獅子浜側の江浦隧道。
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               (綺麗な草のカーテンが掛かった江浦隧道)

 獅子浜方面に少し戻って新道と旧道(江浦隧道)を見る。
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                  (新道は山を切り開いて直進する)

 江浦隧道を抜けてトンネルの上部を見ると、獅子浜側では見られなかった隧道名が刻み込まれていた。
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                    (江浦隧道  昭和?25年1月竣工)

 年号が草で隠れて見えない。大正は15年までなのでボツ。明治25年にここに隧道が有っただろうか?隧道名も左書きになっているので明治とは考え難い。昭和とここでは推測しておく。
 江浦隧道を出るとヤマハマリーナ沼津の横に出る。道は左にほぼ90度曲がって新道に合流する。このトンネルは自転車や人の通り道に使用されている。しかし、上から2枚目の画像で見るよう一時的な駐車場にもなっている様だ。
 次は江浦地区と多比地区の境目にあるトンネルだ。このトンネルはコンクリートで覆われてしまって名前が見えない。近くのバス停が多比船越なので、多比船越隧道と仮称しておく。
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             (コンクリートで覆われた仮称・多比船越隧道)

 旧道は、このトンネルを抜けた所で新道とクロスする。そこがバス停の多比船越だ。そのバス停方向から振り返って見る。
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            (仮称・多比船越隧道を出た所で新道とクロスする)

 新道は山を切り通して造られた。トンネルの横に階段があり、津波避難用階段とある。
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                      (津波避難階段)

 階段を登リきると、トンネルの上はコンクリートで舗装された広場だった。
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                 (トンネルの上は津波対策の避難所)

 避難所から江浦湾が綺麗に見える。平時ではのんびりと海を見ていられるが、果たして津波警報が出た後でここから海を見ている時の心境は如何なものだろうか?
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                   (津波避難所から見た江浦湾)

 今日は愛鷹山に行って来た。歩数は25,483歩、今週の累計歩数は70,986歩/7日。

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この記事へのコメント

2008年08月03日 18:58
隧道、旧道、新道が入り混じっていて初めて訪れた人はカーナビがあっても迷ってしまいますね。海で恐ろしいのは津波、台風の大波でしょう。
2008年08月03日 21:49
海岸線の道路には古い隋道も残っていて興味のあるところですね、多比船越隧道は4枚目の写真でわざわざ可笑しな形に残したものだと思って見ていましたが、津波対策の避難所になっている事で納得です。
2008年08月04日 01:51
こんばんは。
海岸線の広い道路を何も考えずに通って来ましたが、すぐ横に幾つもの旧トンネルがあったのですね。
新道が出来て、旧道は交通量が少なくなったようですが、地元の方や自転車などは利用されているのですね。江浦隧道は蔦が絡んで刻んだ年号も読めないようですが歴史を感じます。海に近い場所のトンネルは、津波対策の避難所になっているのですね。
寅太
2008年08月04日 06:37
竣工年を隠すとは、このツタも味なことをやります。でも「和」の文字らしいのが見えます。
随道をそのまま避難場所にするのは考えたものです。
防災倉庫は波に持っていかれるかもしれません。
2008年08月04日 17:52
信徳さん、今晩は。
ここを通過する車では、多分ナビは旧道や旧道のトンネルには導かないでしょう。この地区を訪れたらナビがあってもややこしいでしょうね。そうですね、海岸沿いに住んでいる人は台風の時も津波の時も怖いでしょうね。最近は予想外の被害が起きていますので、怖いですね。
2008年08月04日 17:59
OSAMIさん、今晩は。
国道を車で通ると気付きませんが、歩いていると新道よりも旧道の方が安全です。夏は旧トンネルの中は涼しくて快適でした。旧トンネルを残しているのは記念と言うよりも津波やそれ以外の緊急対策も有りますね。
2008年08月04日 18:03
杏さん、今晩は。
国道を車で通る時は旧のトンネルには、まず気付きません。旧道とそのトンネルは生活道路であり、緊急対策用にもなっている様です。
2008年08月04日 18:07
寅太さん、今晩は。
蔦の脇から和の字が見えますか。昭和で間違い無さそうですね。寅太さんの眼力には蔦もタジタジですね。そうですね、防災倉庫は大波や津波に持っていかれるかもしれませんね。
2008年08月04日 18:49
今晩は
トンネルの利用法が二つあるとはもしかしたら此処だけかも知れませんね。くねくね旧道を串刺しして通る新道これも珍しいと思います。見せて頂き有り難う御座います。
2008年08月04日 21:24
chiharuさん、今晩は。
旧道は車が無かった頃の狭い海岸沿いだったのでクネクネとなったと思います。使う人も部落中心だったと思います。それが、国道になり、部落以外の人々がここを通過するようになったので、新しく幅も広げながら最短距離を通す様になったのでしょう。古いトンネルを壊さずに新しい用途に有効活用しているので良い事だと思います。

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