沼津海岸線ウォーキング  沼津御用邸記念公園(その8)

西付属邸御殿(そのⅣ)

 今日は皇族が居住に使用していた部分を中心に綴る。
画像
                      (西庭から見る居住部分)

 昨日同様、今日も西付属邸に残る家具や修復工事のポイントも含めて綴る事とする。

画像(西付属邸御殿平面図)

 今日は左の平面図中の赤丸部を綴る。


画像(御座所の全体)
 手前から御座所(居間)、御寝室、御着換所の3つの部屋を総称して御座所と呼んでいた。3つの部屋は半間幅の入側縁(左)と1間幅の縁座敷(右)で結ばれている。

 修復に当っては、材木は建築当時のものを特殊な薬品を使った「洗い工事」を、柱や長押、天井など隅々まで実施し、外壁の杉板など傷みの激しい部分だけを取り替えたと言う。お蔭で、柱等は100年以上経っているとは思えない。
 ここの灯具はモール付きの電灯で当時のものを使用している。電球もタングステン製フィラメントを用いた復元品で、消費電力は当時と同じ60ワットになっている。

画像御座所(居間)

 天井は杉板だが、柱は黒松、鴨居や長押は赤松を使用している。日本の住宅建築で松を使うのは珍しく、この部屋の特徴の一つと言える。  


画像御座所(居間) 続き
 畳の上に絨毯を敷き、茶卓子を囲んで長椅子1脚と安楽椅子2脚が置かれている。長椅子と安楽椅子の裂地はフランスリヨン製の花模様の金華山織り、裾には長いフリンジが下がっている。これらの家具類は宮中で使っていたものを運んできたようだ。

 御座所から見る西庭は如何だっただろうか?

画像(御寝室と御着換所)

 釘隠しに付いては昨日記したが、この釘隠しと襖の引手は菊紋章が付いた手作りのもので、各部屋毎にデザインが異なっている。


画像(御寝室の電気スタンド)

 上画像で見る御寝室の左奥におかれている。

 大正天皇が好んで使われたと言う。

画像(西庭より御座所を見る)

 左は御玉突所、右は謁見所。

画像(御玉突所)

 西付属邸では最も新しく(大正11年)増築されたビリヤード室で、ここでは唯一の洋館である。

 玉突(ビリヤード)は明治時代、上流階級の社交的レジャーとして人気があり、当時の政府高官や実業家などの邸宅には玉突所を設けた例が多く見られた。

 この御玉突所は昭和になってから他に転用されたが、平成7年の改修で玉突台や付属品は当時の形に復元された。


画像(西庭から見た御玉突所)
 小屋組は洋式のトラス構造、部屋の広さは約20畳で、壁、天井は間似合紙張り、床は絨毯敷き詰めとなっている。
 この間似合紙(まにあいし)とは、兵庫県西宮市郊外の名塩地区で伝統的な手すきにより作られた和紙のことで、防火や防湿、防虫などの効果があり、御殿の主な部屋には使われている。修復に当っては、この間似合紙を使って忠実に再現したと言う。



画像(御料浴室)
 手前:脱衣室   奥:浴室

 皇族の浴室で、浴槽のない掛かり湯式の浴室。調理室の隣の湯沸し所で沸かしたお湯を桶に入れて運搬する方式で、皇室としては伝統的な浴室の形式だった。

 脱衣室の洗面台は当時のものではなく後で取り付けたもの。

画像(浴室内部)

 天井は杉板の竿縁天井、床と壁はヒノキ張り。床は中央の排水溝に向かってやや傾斜している舟底型になっている。溝の下には銅の桶が埋め込まれており、真中に穴が開いていて、ここから床下に排水される仕組みです。

画像(女官室)

 女官長以下の女官、女嬬の部屋が階級別に並んでいる。

  女官室(3室)を挟んで、南側に女官長室(1室)、北側に女嬬室(2室)がある。

  皇族の生活を支える女性スタッフの多さが想像できる。


 以上で西付属邸御殿を一周した。皇族がここに滞在している間の公的、私的活動の部屋やそれを支える侍従、女官、料理番、警備舎人等の部屋を見て、何となく当時のここでの生活の模様が想像できた。そして、この部隊(ファミリー)の移動手段が、あのお召し列車や馬車行列であったのだろうか?

 沼津御用邸記念公園に付いては後、西付属邸苑地の模様が残っている。これに付いては後日綴る。
 今日は伊豆・修善寺にある虹の郷に行って来た。園内の歩数は6,436歩。今週の累計歩数は14,569歩/3日。

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この記事へのコメント

2008年06月04日 21:16
御座所(居間)の畳に絨毯、そして家具、何とも不釣り合いな組み合わせですが、どうしてこのような組み合わせになったのでしょうか?絨毯家具を後から好まれた為に入れたのでしょうか?
2008年06月05日 09:14
信徳さん、お早うございます。
畳の上に絨毯が敷かれているのは皇室関係の建物には良く見られる慣習で、これは昔の上流家屋では部屋に毛氈を敷いた名残だろうとの事です。そこに、西洋の便利なソファとテーブルを置いたと思われますが・・・。
寅太
2008年06月05日 13:24
天皇が暮らすには警備の面で心配があるような感じがしますが、敷地の外を固めていたのでしょうね。
浴室に浴槽がないのにはびっくりです。湯ぶねにつかりながらタオルを頭に歌を歌っていたのは庶民ですね。
蛇口が見えますが、水はちゃんと引いてたんですね。
御座所では床の間を背にして、安楽椅子の一方には天皇が座ると思いますが、もう一方は皇后でしょうか。いらぬ心配ですね。
2008年06月05日 18:43
寅太さん、今晩は。
御用邸の敷地の周りは石塀で囲まれています。海岸側は鉄柵ですが。しかし、よじ登って中に入るのは簡単に出来ますので、敷地の外をちゃんと警備していたと思います。湯船に浸かるのは日本式かと思いましたが、皇室はシャワー方式で西洋風ですね。私も浴室の件ではビックリしました。浴室の蛇口は、最初は無くて、途中で追加したのでは?と思いますが・・・。椅子に座る場所はちゃんと決まっていたと思いますが・・・。
2008年06月05日 21:11
こんばんは。
御用邸内の御座所のソファーが立派です。
御寝室のスタンドは陶器なのでしょうか、白梅紅梅の絵柄が素敵ですね。
スタンドの灯が暖かさを感じます。
お部屋など珍しく見せていただきましたが、お風呂は掛け流しだったのでしょうか。我々庶民には考えられないことですね。
冬など身体も温まらないのでは?などと思ってしまいました。
質素とはいっても、椅子など調度品は立派ですね。
様々な所に菊の御紋章が付いているようですね。
2008年06月05日 22:01
杏さん、今晩は。
ソファーは立派でした。スタンドは遠くて何で出来ているか、までは見ていません。部屋の隅でスタンドは柔らかな、落ち着いた雰囲気を出していました。そうですね、掛け流しのお風呂では冬は寒かったでしょうね。御殿は一見すると質素の感じがしますが、良く見たり聞いたりすると、やはり庶民には手が届かないと感じました。
2008年06月05日 22:21
風格のある御座所など素晴らしい感じですが黒松と赤松というのが何だか気になります、普通この二つの木材は眼に見える所には使われていないように感じていましたが、特にこの場所にこの木材が使われた理由は有るのでしょうか?。
2008年06月05日 23:04
OSAMIさん、今晩は。
御座所に黒松と赤松が使われた理由は解っていません。松と言うと、あのヤニを思い浮かべるので、私も住宅の材料として使えるのかな、と思いました。機会があったら調べてみましょう。

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