沼津海岸線ウォーキング  沼津御用邸記念公園(その7)

西付属邸御殿(そのⅢ)

 昨日に続き、今日も西付属邸御殿の内部を綴る。
 この御殿は明治時代の大規模木造住宅の貴重な例として、建築史的な価値も高いと昨日綴った。しかし、それだけでなく沼津御用邸には当時の家具や什器備品が良く保存されていて、かっての建物の使われ方や生活の匂いが感じられるとパンフレットに記されているのでそれら家具等も綴る事とする。又、平成5~7年に掛けての修復工事のポイントも合わせて記すこととする。

画像
                   (謁見所に置かれている玉座用の肘掛け椅子)

画像(西付属邸御殿平面図)

 今日は左の平面図中の赤丸部を綴る。

画像(侍従候所 南側)

 侍従の部屋。2つある部屋の内、1室は高等官食堂として用いられていた。

 現在は昨日綴った主膳室と合わせて御用邸関係の資料展示コーナーとして活用されている。

 沼津御用邸の設置経過、沼津御用邸の沿革、本邸の復元図やモックアップ、沼津御用邸の文化的資産等のパネルが掲示されている。

画像(侍従候所 北側)

 建物で使用されている釘隠し金具や瓦等の実物も展示されている。

画像(昭和天皇の愛用自転車)

 大正3年、昭和天皇が学習院初等科時代にお乗りになった自転車の複製

 前が1輪、後が2輪。

画像(釘隠し金具)

 柱と長押の接合部分には「釘隠し」と呼ばれる金具が使われていた。本来は釘を隠す為に考案されたものだが装飾も兼ねていた。御用邸の修復に当って欠落していた分も同じ方法で製作した。

画像(瓦)

 御用邸の屋根は入母屋を中心とした寄棟造りの極めて複雑な構造で瓦も特殊なものが使われている。今回の修復では全て手作りで再現させた。そしてこの瓦は固くて水はけが良いので雨上がりの後も水分が残り難くなる。この為、木が腐りにくくなり、木造建築物の御殿の耐久性が増すことになる。

画像(卓掛け)

 明日綴る御座所に置かれていた茶卓子(ティーテーブル)に掛けられていた卓掛け(テーブル掛け)で、明治12年にアメリカ前大統領・グラント将軍が来日して、明治天皇と浜離宮で会見した時に使われたものと同じ品物。

画像(御日拝室)

 戦後、貞明皇后が亡き大正天皇をしのんで毎日読経などのお勤めをされた部屋。時代によっては謁見所や東宮大夫室としても用いられた。

 ケース内の展示物は「昭和天皇、秩父宮様の御養育記念品」
  御幼少時のアルバム
  昭和天皇が御幼少のころ着用された「ちゃんちゃんこ」
  昭和天皇が御幼少のころ使用された「文台」

画像(西庭から見た御日拝室)

 御殿の一番東端の建物。周りに樹木が多くあり、静かな雰囲気の中にある。

画像(景色が歪んで見えるガラス)

 御日拝室から謁見所に向かう途中で御食堂をガラス戸越しに見ると歪んで見えた。
 今回の修復に当って障子や襖などの建具類には全て手が加えられた。ガラスも明治時代のガラスを復元したもので、表面に微妙な凹凸があって景色が歪む。現在、国内では手に入らないのでドイツ製の手造りガラスを用いている。

画像(御食堂)
 皇族が食事を召し上がった部屋。
 椅子は食堂用の革張り、御紋章入りで前脚だけに陶製のキャスターが付いている。
 謁見所と同じ真鍮製のシャンデリアが昔のままに用いられてい、灯具のデザインにも明治宮廷の様式をうかがうことが出来る。
 謁見所と御食堂では、畳の上に絨毯を敷く和洋折衷方式を取っている。
 ガラス戸越しの庭園が美しい。

画像(謁見所)
 西付属邸のもっとも公式な部屋で、天皇陛下がご滞在中、来客に面会するときに用いられた。
 床の間(向かって右)側に置かれた玉座用の肘掛け椅子(本ブログのトップ画像)には、梨地漆に御紋章の蒔絵が描かれ、来客用の小椅子には、黒漆に金の高蒔絵がある。スタイルは洋風のクラシック様式だが、非常に高度な和風の伝統的技法によって作られている。
 角卓子には豪華な錦のテーブル掛けがスッポリ包むようにかけてある。この掛け方も日本の宮廷の伝統的な手法。

画像(西庭から見た謁見所と御食堂)

 左:謁見所  右:御食堂

 川村家別荘の中心だった建物だろう。現在の一般的日本家屋に比べると屋根が高く感じる。

 床から庭に降りる階段が少しアンバランスに感じるが、美しい日本の木造建築だ。
 

 今日は雨でウォーキングは中止。

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この記事へのコメント

plysima
2008年06月03日 23:24
こんばんは。御用邸記念公園の西付属邸御殿は内部も見学できるんですね。釘隠し金具などが使われていて細部に手が込んでいるみたいですね。和洋折衷な雰囲気が明治時代っぽいです。屋根はたしかに見るからに複雑そう!窓のガラスはドイツから取り寄せているとはすごいですね。以前アジサイの咲く頃に外側から見て、アンティークガラスが使われているな、とは思っていたのですが…。障子のある暮らしもなかなかいいものですね。
2008年06月04日 01:04
当時の生活が偲ばれる調度品から全て博物館のようですね。やはり相当なお金を掛けて建築されていることが窺えます。
2008年06月04日 10:29
御食堂、謁見所など素晴らしい和風の部屋ですがその場所に洋風のテーブルと椅子を取り入れている処が何となく明治、大正という感じがしますね、今使われている葉山などの御用邸はこのようなスタイルではないのでしょうね?。
2008年06月04日 15:47
こんにちは
皇族が食事を召し上がった部屋のテーブルと椅子、そして天井の照明が当時としては和洋折衷の部屋でここでの食事が美味しかったのでしょうね。外観は質素な感じですね。見せていただき有り難う御座います。
2008年06月04日 18:16
plysimaさん、今晩は。
沼津御用邸記念公園は庭園に入るだけならば大人、1人、100円ですが西付属邸の建物に入るとプラス300円です。廊下や、ガラス戸、障子、床の間等、多くの日本人が忘れかけている景色を、一度は見学する価値はあると思います。「和洋折衷な雰囲気が明治時代っぽいです。」はその通りですね。
2008年06月04日 18:27
信徳さん、今晩は。
御用邸が出来た時は、一般民衆には手が届かない、その当時の最先端のものを集めたと思います。しかし、今ではそれらが仰る通り、博物館入りのものになっていますね。100年以上も経つと、世の中は大きく変化していますね。
2008年06月04日 18:40
OSAMIさん、今晩は。
明治維新で西洋文化が入り込んで始まった和洋折衷は明治、大正時代の特徴ですね。沼津御用邸にはそれがそのまま残っている訳です。現在も使われている、葉山や那須御用邸がどうなっているか解っていません。知りたいですね。
寅太
2008年06月04日 18:42
沼津に出かけたら御用邸には寄らないとだめですね。
配置図を見ながらバッチリ勉強しました。
少し離れたところにある御日拝室の利用目的がわからなかったのですが、謎が解けました。
玉座用の肘掛け椅子はすごいですね。菊の御紋章は100個近く付いているのでは。
2008年06月04日 18:59
chiharuさん、今晩は。
食事は雰囲気が変わると味も変わります。当時は西洋文化はハイカラと呼ばれて高嶺の花でしたでしょうから、和洋折衷の椅子やテーブルで食べる食事は美味しかったと想像します。
2008年06月04日 19:10
寅太さん、今晩は。
沼津に来て御用邸を是非、見学してください。たった400円で明治、大正時代に戻れます。建物の予習は出来たようですから、目をつむっても皇族になった気分で歩けるでしょう。玉座の菊の紋章の数は??です。この椅子には近づけなかったです。
2008年06月04日 23:53
こんばんは。
御用邸の謁見所の玉座は凄く立派な椅子で素晴らしいですね。
御食堂は皇室の方々がこちらで食事をされたのですね、椅子の背に菊の御紋章が光っていますし、シャンデリアも素敵です。謁見所のテーブルカバーの掛け方も宮廷独特のようですね。
御日拝室は、どのような部屋かと思いましたが貞明皇后が亡き大正天皇をしのんで毎日読経などのお勤めをされた部屋なのですね。
御用邸内の貴重な品々を見せていただきました。
2008年06月05日 08:31
杏さん、お早うございます。
玉座には近づけないので実物の詳細は見ていません。写真で見る限りでは立派な椅子ですね。沼津御用邸に残された食堂の椅子やテーブル、謁見所のテーブルカバー等と、現在の皇室のものが同じかどうか、知りたい所です。明治、大正時代の宮廷生活を知る大切な物ですのでしっかりと保存されると良いと思っています。

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