沼津海岸線ウォーキング  沼津御用邸記念公園(その3)

東付属邸

 東付属邸は本邸が完成した10年後の明治36年に赤坂離宮東宮太夫官舎を移築し、皇孫殿下(昭和天皇)の御学問所として造営された。
画像(東付属邸正面)

 西付属邸正面に比べると人影も少なく、静かな正面入口。


画像(主玄関)

 この日は二つの展示会があり、展示を見る為に建物の中に入れたが、他の用途に部屋が貸し出されている場合は入れない。


画像(建物内案内板)

 学問所は第1~第6まである。






 <2回クリックで拡大出来ます>

 
画像(中廊下)

 左側に第1,2,3学問所が並んでいる。


画像画像
                       (第1学問所の室内)

 この日の展示会の作品が並べられていた。
画像(庭園側廊下)

 各部屋の庭園側は廊下で繋がっている。

 廊下は昔の建物を思い出させる。


画像(廊下から見た庭園)

 学問所で勉学した皇孫殿下が見た当時の庭園は如何であったろうか?


画像(第5学問所窓から見た庭園)


画像(中庭)

 この松は造営当初から生えているのだろうか?



 東付属邸には夏、昭和天皇や今上天皇そして現常陸宮殿下が隣地の学習院遊泳場と共に、ご利用の機会が多かったようだ。海岸や松林の中で元気に遊ばれていたのだろう。
 又、この東付属邸は面積は約550㎡と広くは無いが、当時の御殿建築の姿を良くとどめていると説明に有る。確かに、昔の一般家庭の建物の作りとは中庭や中廊下等異なるが、贅を尽くした感じはなく、むしろ最近は見れなくなった廊下や透明のガラス窓等、昔懐かしく身近な建物と感じた。

 今日は都民の森から三頭山へ行って来た。歩数は15,010歩、今週の累計歩数は48,890歩/4日。

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この記事へのコメント

2008年05月16日 07:22
自然を上手く使い一般的なな構成で建物を作られた所は色々と気を使っていたのでしょうか?ガラス張りの廊下など庶民的ですね。
2008年05月16日 11:25
最近は見ることもなくなってしまった日本の素晴らしい木造建築ですね、障子とガラス窓のある風景は心が和みます。
寅太
2008年05月16日 11:55
本当に質素な建物だと思います。
主玄関だって小さいし、廊下は狭い。これではすれ違うのも大変です。
極めつけは裸電球に近いものが付いている。
今の皇室の方がづっと贅沢に思われます。
2008年05月16日 19:41
信徳さん、今晩は。
明るい松林の中で落ち着いた雰囲気の建物です。そうですね、今では少なくなったガラス張りの廊下は庶民的でもあり昔懐かしいですね。
2008年05月16日 19:48
OSAMIさん、今晩は。
建築されてから、既に100年以上経っていますが、美しい状態で残っています。今では殆ど見なくなった昔懐かしい木造建築です。
2008年05月16日 19:56
寅太さん、今晩は。
現在の建築物に慣れた私の目にも質素に感じました。
良く気付かれましたね、照明は裸電球に近いですね。天気の良い昼間でしたから気付かなかったですが、夜間や、天気の悪い時には昔のあの薄暗い雰囲気になるのでしょうね。
2008年05月16日 20:05
御学問所は畳の部屋ですね。
廊下なども昔懐かしい感じで意外に質素に感じました。
皇太子殿下と雅子様が沼津御用邸にお出掛けになった時、御用邸の窓ガラスは手作りなので歪んで見えるという記事を見たことがありました。窓から入る日差しは柔らかに感じたでしょうね。照明器具のガラスカバーも手作りのようですね。これだけの場所に建物も綺麗に保存されて素晴らしいです。
2008年05月16日 21:37
杏さん、今晩は。
御学問所は床の間付きの和室で畳の部屋ですね。
私は新聞記事は見た記憶は有りませんが、良く記事を覚えていましたね。その通りで、窓ガラスのガラス板は昔と同じで歪んで見えます。手作りの為ですかね?

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