沼津海岸線ウォーキング  沼津御用邸記念公園(その2)

沼津御用邸・本邸跡

 昨日綴った様に、沼津御用邸の本邸は昭和20年の沼津大空襲で焼失してしまい現存していない。付属施設の一部は現存しているので、今日はそれらを綴る事とするが果たして昔の姿が偲ばれるだろうか?

画像(本邸正門)

 この正門は天皇、皇后両陛下の専用門

 明治26年開設当時は黒塗りの角材で造られた

 後に、ドイツに注文して鋳鉄製の門に作り替えられた


 この正門は、当時の姿を今に伝えている様だ。
 本邸跡にはこの正門からは入れず、見学コースが西付属邸公園と一体となっている為に、西付属邸正門から入ることになっている。

画像(西付属邸正門)

 真中は通行禁止で左側が出口専用、右側が入口専用

 受付は入口専用通路の右にある。

 入園料は大人400円、小・中学生半額。
 西付属邸を見学しなければ大人100円、小・中学生半額


 西付属邸内のことは後日綴るので、今回は正門を入ってすぐに左に曲がる。海岸への通り抜け道を陸橋で越えて本邸跡地に入る。

画像(本邸跡地へ続く陸橋)

 橋の下の道は牛臥海岸へ通じている


画像(本邸跡地の案内図)

 西、東付属邸に比べると建物が少なく、広場や松林が広くある


 陸橋を越えると左手に古い日本建屋が2棟見える。
画像(喫茶 主馬)

 厩舎を改修した喫茶店「主馬」

 この厩舎2棟で20頭分の施設だと言う

 当時の沼津駅から御用邸までの長い馬車行列が目に浮かぶ

 この厩舎は皇室関係で現存する唯一の貴重な施設


画像(沼津市歴史民族資料館入口)

 奥駿河湾の漁法と漁具と
 原・浮島地区の湿田農耕用具と
 昭和初期以前の生活用具とものづくり
 が常設展示されている

 御用邸関係の展示は殆ど無い


画像(本邸御湯殿跡)

 意外に狭い湯殿?


画像(馬場跡)

 現在ある民間の練習馬場よりも広そうだ。


画像(防空壕跡)

 これは戦争の置き土産


画像(防空壕跡の上から見た駿河湾)


 やはり、これだけの遺跡では鳥瞰図で見た沼津御用邸本邸のイメージは浮かばない。湯殿跡の様に建物の土台石でも並んでいれば良かったが、と思うが・・・。
 海岸に近い所に富士山の見晴台がある。これは現在の見学者のために作られたのだろう。
画像(富士山見晴台)


画像画像
               (この日は富士山も雲の中でほんの一部が覘いていただけ)

 園内にはウラシマソウ群生地や花壇や藤棚も有るが、この日はいずれも花が終わった後で寂しかった。しかし、5月の爽やかな風は松林の中を吹き抜けていた。
 ここ本邸跡地では建屋回りの雰囲気を感じて、本邸の建物は東・西付属邸を見て想像するしかない様だ。

 今日のウォーキングは香貫山で歩数は11,589歩。今週の累計歩数は33,880歩/3日。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2008年05月14日 21:13
昔を偲ばせる跡地が完全に残っていないのは残念でしょうが昔を語る十分な記念の公園だと思います。
2008年05月14日 22:17
貴重な歴史遺産ですが当時を偲ばせるものがあまり残っていないのは残念です、コンクリートでしょうか湯殿の後が残ったというのも何だか皮肉な感じです。
奇麗な庭でいい感じです、文章が少し隠れています。
寅太
2008年05月15日 16:35
昔の門はやはり立派です。青銅製かと思いましたら、鋳鉄ということはペンキの色なんですね。2まから3mの高さはありそうです。
最後の2枚の写真はまさにそっくりです。
でも違いを探そうとじっくり眺めたら、大きな松の向こうに新しい建物を発見しました。
2008年05月15日 19:23
御用邸本邸は空襲で焼失したそうですが残念ですね。
跡地の案内図がありますが、広いですね。
馬場跡地も広い緑の芝生が綺麗です。防空壕跡も珍しいですが、コンクリートだけが残っている湯殿跡が他と比べると小さいように思いました。
防空壕跡から松の木々の先に見える駿河湾は綺麗ですね。
2008年05月15日 22:03
今晩は
戦争では失った物の方が多かったようです。
沼津御用邸も戦禍で消失して、本邸跡と表記しなければならない寂しさを感じます。
2008年05月15日 22:17
信徳さん、今晩は。
本邸跡は残された物が少ないですが、これから綴る東・西付属邸は建物も残っているので昔が偲ばれます。でも、一番の中心だった本邸の姿を偲ぶ事が出来ないのは残念です。
2008年05月15日 22:24
OSAMIさん、今晩は。
日本家屋は火事には弱いのですね。西洋文化のコンクリート造りの湯殿跡だけが残ったというのも皮肉ですよね。庭はその後綺麗に整備されたのでゆったりと広々として散策には良い所になっています。文章隠れのご指摘はどうも有り難う御座いました。
2008年05月15日 22:31
寅太さん、今晩は。
ドイツ製の扉が空襲の災難を逃れたのも、コンクリートの湯殿跡が残ったのも、何か日本文化が否定されたようで残念な気もしました。確かに、新しい建物が増えていますね。沼津御用邸も記念公園となって新しい時代の変化に対応しているのでしょうか?何が変わったのか次回には確かめてみましょう。
2008年05月15日 22:39
杏さん、今晩は。
沼津御用邸の東と西の付属邸は空襲の難を逃れて残っています。しかし、本丸の本邸が残っていて欲しかったですね。寅太さんへのコメントのも書きましたが、ドイツ製の扉が空襲の災難を逃れたのも、コンクリートの湯殿跡が残ったのも、何か日本文化が否定されたようで残念な気もしました。防空壕が残ったのも何か同じく侘しい気持ちになりました。しかし、防空壕の上から見た駿河湾の景色は美しかったです。自然はそんなに急変しませんので、戦争中も同じ様に美しかった事でしょう。
2008年05月15日 22:44
chiharuさん、今晩は。
記述順序として、消失した本邸から綴りましたがこれから綴る東・西付属邸は建物が残っています。しかし、本丸の本邸が残っていないのは残念です。戦争がなければ残っていたのに・・・。

この記事へのトラックバック